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2011年3月30日水曜日

表計算ソフトの魅力

皆様はEXCELと言うマイクロソフトの表計算ソフトはご存知だと思う。使っていない会社はまず無い表計算の代表的なソフト。

このソフトは、毎日仕事の中で使っている。使い方によっては、かなり広範囲の仕事に使える。まあ、プライベートでは、余り使う機会が無いと思うが。

何に感動するかと言うと、まずは、計算式で使う関数。関数を使うと、少々の内容でもあっと言う間にできてしまう。それも数万点のデーターが。使っていらっしゃる方々、一瞬でできてしまう瞬間は感動しませんか?なんと言うか、凄い処理をした気になってしまう。
この関数、知っていると知らないとでは、正確さ、時間が全く違う。

次に、マクロ機能。決まった形の作業を、簡易的なプログラムで瞬時に行ってしまう物。このマクロを走らせると、瞬時に決めた形の処理ができ、フォーマットが出来上がる。

他にも、多々使いきれない、または知らない機能が多々あります。それらを駆使して必要な結果を求める。私は、このような作業に非常に魅力を感じ、出来た時には達成感を感じる。それは、「日曜大工」でいろんな物を作るのと共通な所がある。このような作業をしいると、時間が立つのを忘れる。
何故、皆、この作業を行わないんだろうと不思議にさえ思うときがあるぐらいだ。
(まあ、数字の嫌いな方は、逆に何で、、、、と言う気持ちなのかも知れないが、、、、)

言葉の場合、色んな理解が人にとって違うので、結果が曖昧になりがちだが、、数字の加工は、つじつまさえあえば、誰が行っても、結果は同じで、うそをつかない。だから良いのかもしれない。
(言葉がうそをつくののではなく、人によって言葉の意味が違うから)

ただ、この数字の加工。思い込みで作ってしまうと、とんでも無い結果が出ることとなるので、気づかないと問題になる。

結局なんであっても、確認は必要で、そういう意味では、入り方が違うだけなのかも知れない。


2011年3月28日月曜日

上から目線

「上から目線」 ちょっと気をつけなくなくてはいけない事。
当の本人は、そういうつもりは全くなくても、受ける側にはそう写る事もある。また、環境によっては、無意識の内にそうなっているかも知れない。

例えば、会社の上位職。いつもいつも部下ばかりを見ていると、自然にそのポジションから見る習慣になって、部下の目線で見ることを忘れる。家庭では、すーっと親の立場で話するので、子供の立場、目線を忘れる。これでは、仕事も家庭もうまくはいかない。やはり、相手の立場も考えた上で行動しなければ、どこかで問題が起こる。

また、上から目線は、同格の相手にも出てしまうことが多々ある。まあ、もともと、同格であるから「上から目線」になるわけで、もともと上の人は「上から目線」でも何もおかしくは無いのだが、上だからと言って、それを押し付けがましく言えば、下もいい気はしない。


かっこつけて言えば、上、下は、相手が考える事で相手を無視して、自分が上だと決めて、話するのはよくないし、うまくいかない。   難しいですね。


2011年3月27日日曜日

ラジオがインターネットになる日

私は、もともとradioは好きだ。だが、この街中でもないエリアに住んでいると、家の中では聞けず、車で移動中でも、聞ける場所は限られている。外部アンテナでも立てれば良いのだが、それもなかなか大変。(て言うか、市販ラジオには、外部アンテナ接続するようにはできていない。)

このラジオ、最近、電波の代わりに、インターネット回線で「Radiko]と言う名称で流しているのはご存知だろうか?このサイトは、現在、関西、中部、関東の各地のラジオ局(AM,FM問わず)選曲できる。アクセスが集中すると、パンクするので、今まで一部の地域しか開放されていなかったが、今は震災の緊急対応として、全国に開放されている。もしこのインターネットのラジオが普及してくると昔のラジオ(電波、場所限定)のイメージが変わり、ネットワークでのラジオに変わってくる。インターネットテレビと同じになる。(有線、無線関係なく、場所を選ばない)。

ラジオは、聞いてわかるように流してくれる。テレビは画面を見ないと内容はわからない。故にラジオは他の事しながら、聞く事ができる。これは、非常に気軽いと言う事。この気軽さが、好きな1因です。時代の変化を感じるがある意味、ラジオはテレビよりは消費電力が少ないだろうから、節電対策にもなるだろうし、ラジオはラジオのメリットが大いにあると思う。


震災の方々の為に開放されていると聞くと、被災地でもないエリアの人間は、聞くのをためらう(使えない。)もっと、設備を増強して全国に開放してほしいと願うばかり。

2011年3月25日金曜日

停電でわかった事

計画停電が始まって、2週間、自宅、会社で何度か経験させてもらった。(街中は経験なし)夜の停電は、1回のみだが、、、わかった事を、書いてみる事にする。

1)案外、トラブルなく進む事
停電になると、通常、当たり前のように仕事ができた事、当たり前のように進んでいた事が、突然そのように行かなくなる。が、周りも同じような状況に陥る。従って、当たり前のように進めないのは、自分だけでなく、周りも同じ。故に、当たり前でなくても、皆、停電の為とあきらめて、あきらめたなりに事が進んで行くこと。

2)停電になると出来なかった事ができるようになる。
停電になると、ほとんど何もできない状態になるが、電気に影響を受けない事をし始める。山となった書類の整理、日頃、目もくれなかった場所の掃除などなど。何もマイナス面ばかりでは無い。

3)日頃、会話をしない人と会話するようになる。
こうめまぐるしく変わる停電日程。今日は、朝から、明日は昼から、明後日は、夜。場合によっては1日2回行うと案内が、、、、、しかも実際は中止になったりして、あるのか無いのかわからない。そうすると、日頃、話さない話題となる。「お宅、何グループ?」、「昨日は停電だった?」、「今日は停電だけどどうする?」などなど、話す内容が新鮮な話題に、、、、、、

4)ランプがついていない、信号機の直進(横断)の仕方
今日、初めて夜の信号機のついていない、車の往来の多い国道を、雨の中バイクで帰った。
まず、大きな交差点は、測道からメイン道路の、直進(横断)できない。メインは車は途切れることなく、車がバンバンと過ぎていく。そのまま直進するのはあきらめて、まずは左折し、本線に合流、そして、次の交差点で右折する。目的地によっては、遠回りになるがこれが安全で確実な事がわかった。

5)停電時の「ろうそく」の危険性
「ろうそく」はまず、日常では使わない。今夜、使う事になった。「ろうそく」の炎は上に上がる。其の上を通過するには気をつけないと、非常に危ない。手を伸ばした時の「服の袖」、紙も近づけられない。やはり、「ろうそく」そのまま使用するには、火事の危険が、、、、、。カンテラのように、覆う物が無いと、気をつかう事。(何かカンテラのような物が、自作で作成できないか思案中。)

6)毎日の習慣は暗闇でも有効
帰宅後、バイクに鍵を使ってのU字ロックのセット。暗闇でバイクカバーを取り出し、バイクにかける。そして最後にベルトでロック。通常この作業は、近くの外灯を頼りに行うが、停電で暗闇になっている。が、、、案外、暗闇でも作業ができる事がわかった。毎日に習慣がこの作業の感覚を体が覚えこませている。足した苦労もなく実行できた事。

7)テレビがつかない、周りは静か、、、、IPODが有効な事。
子供達は、IPODを持っており、乾電池電源のIPOD用外部スピーカーも持っている。「ろうそく」の灯りの元、この静かな夜に音楽が流れる、、、、これは、ちょっと雰囲気があって良い事。


ざーとこんな感じでしょうか。電気が無くとも、何とかなるもんです。これで収入影響が無ければ、大きな問題はなし。たかが2WEEKなので、偉そうな事は言えないが、、

なにより、このブログのテーマである「スローライフ」となる。何も早くする事はなく、みーんなが「スロー」になれば、「ファースト」から「スロー」に変われるのだ。皆様、この停電を経験をして、少し生活のテンポを落として見ればどうでしょうか?

2011年3月23日水曜日

震災と原発、社会的混乱 風評被害

暫定規制値と言う物を決めて、それを基準に規制していく。
だが、この暫定の名前が付くことから、この数値に皆、疑問符をつける。

何せ、影響がないないと言われても、実績を数々踏んで決められた物では無いからだ、、、、
(そうそう実績がつめる課題でも無い。)
放射能は固定観念で怖いと言う事があり、絶対安全と言われても、避けてしまうのが当然か?

原発の処理の一進一退が続いており、津波は発生し、余震もあり、停電であり不安要素ばかりの状態。貿易に頼らざるを得ない日本の経済状態で、この放射線の内容は、大きな問題だ。そうそうある話でも無いので、半信半疑になっても仕方無い。

今は、何をやっても、周りからは信頼回復には行き着くことできず、いたずらに時間だけが過ぎ去っていく、噂が噂を呼んでおり、悪循環になっている。
こう考えると、何もかも情報がopenになっている事が、災いか?

いやopenになっているが問題ではなく、その内容がどのような影響がでるかわからないのが要因。


2011年3月22日火曜日

余剰電力の売電について

停電になると、余剰電力は売電できるか?
現在、東京電力 エリアは輪番停電(計画停電)実施中。

最近、自分で発電でして、あまった電力(余剰電力)は売ることのできる制度が、普及し始めている。
売る電力料金が、買う電力料金よりも高く、買い取ってくれるからからだ。
一般家庭では、「太陽光発電」が良い例である。

さて、そこで問題になるのが、「停電」になった時だ。停電時は当然、自分で発電した電力を使用する思われがちだが、なかなかそうは行かず、発電した電力のみを自分で使用するにはマニュアルで「切り替え」が必要。しかも、使える電力量は限られている。
普通に使っている時は、「使う電力」と「発電する電力」の差分で、「買う」か「売る」が決まるように設定されている。
「使う電力」>「発電する電力」であれば、「買う」し、
逆に
「使う電力」<「発電する電力」であれば「売る」と
なるように設定されている。

そこで問題なのは、この設定のまま、計画停電になると、差分は発生せず、売る一方になってしまう。
すなわち、これは、余剰電力ではなく、単なる「発電所」だ。
一般家庭では、発電のみによる売電は認めてはおらず、余剰電力のみだ。したがって、停電時には、余剰とはならない為、「売電」はできず、家に不在の場合は、前述の「切り替え」もできず、発電した電力は、そのまま無駄になると言う事だ。
まあ、普通に考えても、「余剰電力」を売る場合は、「買う」人(使う人)がいて成り立つが、周りに人も停電で、補うほどの、発電電力でも無いので、仕方無いといえば仕方無い。

が、無駄になると思うと、何とかならないかと、、、、、
電気は基本的に溜める事もできないし、持ち運ぶ事もできない。(バッテリーがあれば別だが、ポータブルのDC電源に限られる)

PS:
この話は、東京電力に確認した話では無いので、上記理屈があっているかどうかは
自己責任で確認して見てください。


法律(日本は法治国家)

日本は法治国家。
以前法律(ツール)について書いた事があるが、再度、法律について、述べてみたい。

今、過去に無い大震災が起きている。家も、人も財産も全て失った人が大勢いる。そういう人達でも。法の下には皆、平等であるのが、「法治国家」であると思っています。そうなっているのでしょうか?
被災した方々にも例外なく、法律に定められた内容に従うべきか?

これは、私の想像であるが、生活もままならない環境(被災地の方々の置かれて環境)であろうと、法律は法律で「守れ」と言う事になってはいないか?

すでに会社は、津波で流されているのに、過去1年の業績から課税される。
(3月に決算期を迎える会社も多いだろう)
もうそこには住めないのに、住民税が課せられる。”
また、支援する側も、支援した経費は、”寄付”、”交際費”等に分類され、余分に課税される事にはなっていないか?

なぜなら、「免税になると言う法律」が無いからだ。

実際のところ、私はよくわかっていないが、そうなっていない事を祈りたい。
性善説で考えると、「今回は税金は払わなくてもいいよ」と行きたい。ただ、世の中、悪用するやからも多々いるので、悪用できないように、証明できる書類を多々用意させる。用意できなければ、普通と同じように課税。
ほんと住みにくい世の中だが、明文化したルール(法律)が必要なら、速やかに法改正をして、支援、復興の妨げにならないよう、政治家の方々に、御願いしたい。


2011年3月20日日曜日

計画停電に備えて

停電で一番困るのが、夜の電灯。活躍するのは懐中電灯。そこで必ず必要になるのが、乾電池。この乾電池、私が知っている限り、単1~単5の5種類。
マンガン電池、アルカリ電池、ニッケル電池(充電式)などなど。
今、東北地震を受けて、どこの店にも乾電池は品薄、と言うか全く無いの状況です。
充電式乾電池があれば、いざって時には心強いかなと思う所がある。

この充電式の乾電池。一般的にはエコと言われるが、実際はどうなんだろう。入れ替えの頻度が多いもの、何回も電池を入れ替える製品、例えば、ゲーム機、デジタルカメラ、ワイヤレスマウスなどはメリットあるだろう、、、、つまり頻度が多ければメリットがあり、多くなければ、メリット(充電式乾電池は高価である)はない。
と言うのも、充電式を持っていても、いざ(地震などの非常時)に、充電していないと使えないと言う事があったので、使い道が限られていた。

が、最近の充電式乾電池は、充電しておくと、放電をせず(放電が少なく)用途が広がっているとの事。2年~3年たっても放電しない?との事。そうなると、時計、懐中電灯、ラジオなどなど、在ってもいいかなと思う。

ただし、世の中、充電式の物が多い為、下手すると充電器だらけにになるので、注意が必要だ。(携帯電話、カメラ、髭剃り、電動はブラシ、パソコン、などなど)
充電式乾電池も購入する場合は、メーカーは統一した方がよいだろう。(どこのメーカーも充電器は共通で使えるとは書いていないので、メーカーが変わるとそれだけ充電器が必要になる)
因みに、乾電池のサイズも簡単なアダプター(単3→単1等)換えられるようになっている物もあるようだ。一番の汎用性のある単3だけ揃えるておけば良い。

まあ、考えてみると、マンガン電池、アルカリ電池は使い捨て。乾電池は処分するにも環境に与える影響が大きいので、充電式で何回も使う方が良いのか??考えさせられる内容だ。
ちょっと考えてみたい。

<追記>
懐中電灯は、家族人数分あると良いらしい。一人で行動する場合に個々に必要になるから。

2011年3月19日土曜日

何時の間にか春が、、、、、、

この1週間は、地震、停電に明け暮れ、周りを見渡す余裕がなかった。久しぶりでも無いのだが、近所に犬をつれて、散歩して見た。
(天気は良いが、風が強い。(春の風です。)
あちらこちらで、気がつかない内に、春の気配が、、、。
富士山には、小さい笠雲(明日は雨?)、クリスマスローズが咲き、桜も開花しようと、頑張っていた。
季節は、大きな地震が起きたとは関係なく、確実に次の季節へと変わっていきます。
被災地にも早く、春が来るように、、、



散歩中にあったクリスマスローズ
早咲きの桜と富士山
富士山の笠雲、
手前は風力発電の風車
春風で回っている

「地震酔い」

「地震酔い」と言う言葉を聞いた。
地震が起きた後、その後余震がしばらく続く。今回、ここ静岡でも余震が続いた。(今は収まってきている)。こう地震による揺れが続くと、地震でも無いのに、「あ、今揺れた??」と回りに聞くと、「揺れていないよ」と、、、、これが、「地震酔い」と言うそうだ。
地震の揺れは、どのように表現して良いかわからないが「めまい」とも「立ちくらみ」とも似ている。
何ともいえない、気持ち悪いと言うか、怖いと言うこの地震の「揺れ方」は、頭の回路の中に、しっかりと記憶として残る。
対策としては
「深呼吸をし、冷たい水や温かいお茶を飲むなど、リラックス出来る工夫をする事」


被災地の地域では未だ、余震と言う物が続いている。この「揺れ」の恐怖も感じならが、ままらない生活を強いられている。もう少しで、地震は収まります。


2011年3月18日金曜日

枝野幸男官房長官

「そろそろ寝るべきだ」
との声に関して、現地での業務にあたっている関係者の労をねぎらった後、自身事について
「私自身は、もちろん政治家の役割・責任は、まさに『判断をすること』だと思っているので、その判断に悪影響を与えることは、結果的に国民の皆さんにご迷惑をおかけすること。その判断に悪影響を与えない範囲で、最大限やらせていただいているつもりだ」


と答えたとの事。この方、良い意味でどういう経歴な人だろうと思った。言葉に嫌味な事がなく、素直に聞こえてくるし、言う事に間違いなく、しゃべり方から私は、素直に聞き入る事ができる。前からいらっしゃった方ではあるが、政治議論の場では、気に留めるほどではならなかった。が、今回の震災関連の会見では、心強く感じられる。少なくとも演技しているようには見えない聞こえない。
「結果で評価」との面はあるかと思うが、受け答えのうまい人、説得力のある方なんだろうなと。


のらりくらりと話す政治家の話ばかり聞いていたので、新鮮さを感じる。
精一杯頑張ってくださいと今は、エールを送りたい。




2011年3月17日木曜日

燃料不足

被災地では、燃料が不足していると言う。この寒い中、心が痛む。

電気は、供給能力不足から輪番停電を実施中。
そうであれば、燃料も供給制限をかけてはどうか?確かにガソリンが無いのは生活には困るが、本当に燃料が無いのであれば、強制的に被災地に回す事はできないのか?

温暖な被災地で無い地域では、数日無くても、生命には危険が無い。
今、そのくらいの事をしても、みんな協力は惜しまないでしょう。大半の人がそれくらいの覚悟はある。
実際、電気はそうしているのだから。

政府、県、市の自治体の方々、また石油会社各位様 
とにかく、できる事を実施を御願いします。


2011年3月15日火曜日

静岡で地震

地震がありました。ここは、大丈夫でした。ついに、ここも来たって感じです。
皆さんも、お気をつけください。

2011年3月14日月曜日

苛立ち

本日より、企業活動開始。
過去に無い事例報告が多発。管理者も対応に追われ、時には声を荒げに話す声も。
仕事の事が原因であることながら、やはり根本的にはどうしようも無い事態が起こっている事も。また個人的に、被害にあった方がいるのかも知れない。
私にも遠い親戚が、気仙沼にいる。避難はして無事らしいが、連絡が密に取れる状態ではない。

そんな状況であっても、仕事に関しては、やむなく状況も確認しなければならない。しかし、仕事に関しての状況を確認するのはつらい。依頼を受けた方々が、どんな状況にあるのか、もしかしたら、最悪のい状況下にあるかも知れないと思うと、連絡メールにも力が入らないが実態。

プラス、輪番停電(計画停電)、仕事も生活もままならい。

苛立ちもする。だが、対処しなけば、解決に向かって行かねばと。
こんな時こそ、みんな会話して話して、無理でも明るく過ごせるように、、、


2011年3月13日日曜日

弱さと強さ

地震が起こってから、「弱さと強さ」を感じる。

<弱さ>
*近くのコンビニの状況。食料品(弁当、パン)などが売り切れ
*ガソリンスタンド  ガソリンがなく弊店
*ホームセンター(非常用備品 乾電池、カセットコンロなど)売り切れ

(これらは、直接の被害地でない、ここの地域で起きている状態。)

色んな要因があるだろう。報道を見て余りにの凄さに、みんな不安に思って備えている事。
実際に流通に支障が出て、入荷しない状態になっている場合もあるのだろう。
どこの業界も同じで、今は在庫をほとんどもたず、最低限しか店舗におかない仕組みになっており、このように非常時になったとたん、品切れが続出となる。
情報の氾濫(報道)にも問題があるのか?テレビでは、被害の状況が続き、インターネットでは、根拠の無い情報も流れ、拍車をかけている。

こんな状況になると、日本は、本当に弱い国なんだろうと思う。(日本だけではないとは思うが)

<強さ>
*片方では、対応に色んな関係者が動いている気配。
(頼りない政治家達が、今は、団結して懸命に対応しているように思う。)
*何より、精神的にはパニックにはなっているだろうに、じっと耐えて、暴動等にならない強さも感じ  る。
*現在、日本の半分が、壊滅的な被害を受け、大変な状況下。にもかかわらず、一つづつ元にも
戻そうと動いている事。

各企業も、自己都合よりは、復興向けた動きを最優先に考えてほしい。
私自身、冷静に今、できる事を考え行動に移していきたい。



2011年3月12日土曜日

津波

今回の地震被害、ニュースでは地震による津波での被害状況の報道が続いている。


津波は、インドネシアでおきた地震の時のすさまじさをテレビを通して見てはいたが、実際にこの日本で同じような事になるとは。地震、津波に関しては、過去より色々な教訓があったはずだが、自然の力に遠く及ばない、無力な事が残念です。


私がよく行く伊豆地方も、昨日から避難勧告が続いている。
バイクで小さな港町へよく出かけた場所である。
もし、、、、と思うとたまらなくなる。
東北の太平洋沿岸の港町も似たような町だったんだろう。
どうしようもない状態のようで、いたたまれない。

一刻も早く、救出、普及できる事を祈ります。


2011年3月11日金曜日

私は7階にいたが、、、、 地震

地震があった時、私は7階の打ち合わせ室にいた。中にいたのは10名程度。
「地震だ」と思った後、しばらく(かなり長かった)揺れが続いた。
このような長い地震は初めての経験だ。
揺れが、小さくなってからみんなで、資料等そのままで、階段にて降りて、外へ。

各建物では、避難訓練そのままに、避難が始まっていた。
その後、地震は収まりはしたが、職場にはあちらこちらで、被害状況の報告連絡が。
最終的な数字はつかめていないが、関東より北は、かなりの被害があった模様。

今も「余震」と思われる揺れがあった。

皆様、どうかご無事で。


2011年3月9日水曜日

オールランドプレイヤーがよいか?

1)オールランドプレイヤーがよいか?(広く浅くになる?)

又は

2)専門分野で通す方が良いか(狭く、深くになる?)

(一番は”広く深く”が一番良いのはわかっているが、能力問題もあるので、、、、、)
団体競技のスポーツと同じで、、、、、、

特に専門分野を持たないと、長年の経験が生きていく。ベテランなると、人脈もでき、当然如く知っている事多く、職務範囲も広がる。範囲も広がれば、応用も利くように、自然とそうなる。いわゆるall roundに必然となるのだ。
上位職になればなるほど、この傾向が強くなるものわかるような気がする。反面、all roundになるが故に、思いきった行動もできなくなるのも事実。と言うのも、難しさを直感的にわかってしまうのだ。固定観念を持ってしまうと言うことだ。
だから、奇抜な意見を言う人間が、目立つし必要とされる。

<結論>
all roundの人間が奇抜な意見を言う人を生かしながら、現実にあったコーディネイトができる人が良い。all-roundだけでも、奇抜な意見ばかりでも、結局はNG..

*個人的には2)の種類の人間だと思うが、最近、1)の存在のような気がする。
歳を感じる今日此の頃です。


新しい発見

毎日、同じことを繰り返してもつまらない。新しい発見があるから楽しい。
新しい発見を見つけるケース

*本を読んで、見つける。(知識を増やす)
*今まで、やらなかった事をやってみる。(色んな苦労がわかる)
*知らなかった人と、話してみる。(見えかった部分が見える)
*どんな行き先でもちょっと旅をしてみる。(予想外の事がおきる)
などなど。

ある意味、冒険をする(苦労をする)ケースもあるが、やっぱり色々トライしてみなければ、わからない事で、そうすることで成長する(進歩する)。
世の中で、事業を行う人(ベンチャー企業主)はこの感覚が強いのだろう。また良い企業のTOP同じだろう。絶えず、新しい事を、今を変えようと言う気持ちが強い人ほど、成功している人が多いのだろう。
(反面、失敗している人も多いのかな??)
やっぱりその気持ち、姿勢が大事なんだろうなと。誰もが失敗はしたくない。でも失敗しないければ進めない。ジレンマのような気もしないでも無いが。

許される範囲で、常に前向きで積極的に、この気持ちも前面に出してトライすべきだろう。
起業家を目指す方々、勇気を持って、前々へ進んで見てください。
私も、許される範囲(自分考える範囲)で、頑張って進む所存です。


予算確保

政府が予算案成立等々、年度末に向けて活発化しているが、どうもしっくり行っていない。ここ最近、毎年そんな感じだ。テレビで見る限り、過去の問題、閣僚の問題等々の報道しか目にする事無いため、予算の何を審議しているのか良くわからない。

会社においても、決算を境に、向こう1年の計画(予算確保含む)を作成する、国と同じだ。ただ、少なくとも、過去の反省はあっても、人に対する審議は無い。まあ、税金と会社の金は違うので、そういうもんかなと思う反面、どうしても違和感を感じる。

確かに個人として、好ましくない人はいそうだが、予算を審議する場と個人の責任をとう場は、わけて考えるべきでは無いのか?  と思う。

さて、「政治の世界」と似てるような「会社の世界」に出かける事にします。

2011年3月7日月曜日

書類の整理術

元来、整理することは苦手である。どうやったら楽に、且つ、すぐに取り出せるように整理できるのか?そこで、出会った本「*整理法」と言う本だった。(正確な名前は覚えていない)。かなり昔の話なので、其のときの記憶と、自分の考えを加えて、ちょっと書いてみます。

この本によると、人の考える中で一番確かな記憶は、時間軸だそうだ。よってファイリングする時は
時系列に従ってファイリングして行くのが一番。具体的に言うと、西暦、月、日、時間等の名前をつけて(わかるように)書類を並べていく。或いはファイルに閉じていくと言う考え方です。

よくあるのが、分類名をつけてその分類名毎にファイリングする。この場合、分類名の基準が不明確でどうとでも取れる事が、後々、探す羽目になる原因になる。人間なんて所詮、基準が曖昧な場合が多く、基準は作ったとしても、時がたてば崩れていく。PCファイルの保存時のフォルダーなどもその一例になる。メールの分類もそうだ。

それに対して、時間は、間違いが無い正確な名前がつけられる。時間の記憶は分類名に比べ確かな物で、下手にカテゴリー分けしない分、単純に時系列的に追える。「確か***月**日にしたよな、、、、」から検索を始める。スケジュール帳でもつけていれば、そこからも時間軸は導きだせる。

この時間軸での保管の応用で、「まずは、時間軸で並べておいて」、後から使った物だけを「別の時間軸でファイルして行く。」

そうする事で、最初から数ヶ月、全く使わなくなった書類が残って行く。ファイルしてから数ヶ月使わないファイル、それは不要なファイルと言う事になるので、最終的には破棄する。これを繰り返すと自然に整理ができて行く。(この数ヶ月の設定は自分なりに決めれば良い。)

最近はHARD-DISKも安価になって、電子ファイルにしておけば、保管スペースはあまり考えなくても良くなったが、この時間軸が明確になっていると、検索後も色々な判断するに非常に便利だ。
是非とも、一度試して頂きたい。

(例) PCファイル名を ”2011.03.07整理方法”で保存する
こうすることで、時間と言葉で検索できる。

*すでに、皆様そうされているかも知れないが、、、、


2011年3月6日日曜日

チューリップ

2010.12に植えた球根が、今このように
昨年植えたチューリップの状況

本日は、天気もよく風はあるが暖かい日となってます。
昨年植えたチューリップがどんな様子か見てきた。確かちょうど10コの球根を植えたはずが、見事
10コとも芽を出していた。発芽率100%である。良い物だったらしい。

外に出ると花粉が舞っているらしく、目がかゆくなるが、この調子で暖かくなると花を見ることができそう。ただし、問題は我が家の犬である。こいつだけは無神経な奴なので、花なんぞどうでも良いらしく踏み荒らしてしまう可能性が高い。唯一の注意事項か??

おっと、霜も問題かな?
何はともあれ、無事に咲いてほしい。

2011年3月5日土曜日

哲学者が始球式

以前に哲学書について書いた。
その作者サンデルさんが、今度、野球の巨人軍の開幕戦で始球式を勤められるとのNEWSが入った。

面白ですね。哲学者と野球、ちょと結びつかないが、結び付けれるからこそ、わかりやすい哲学者になれたんでしょうね。わかりやすいといえば、かの池上彰さんもそうですね。

色々知識博学があっても、伝える事が下手であっては、その力も半減します。政治家の方々もそう。
わかりやすい言葉をつかって、説明する事は大事だと思う。

真に、偉い人、成功する人は、わかりやすい言葉でおしゃべりなさるのでしょうね。

*でも技術が専門の方は、なかなかこれができていないのかな?

風車

ペットボトル加工のかざぐるま(赤色はテープ)
「風車」 かざぐるま、ふうしゃ どちらを想像しますか?
どちらも風情がありますね。
「かざぐるま」といえば、小さくで紙やプラスチックでできた、手にもてるくらいの物
「ふうしゃ」と言えば、そこから得られる力を、直接利用したり、発電機につないで電気を作ったり。

私は何故か、「風車」に魅かれる。ちょっと前には、ペットボトルで作った風車が、家の周りに5~6くらい置いていた。風が吹くと、カラカラ回る音がする(風の強い日には、うるさい)
この風車は、私の田舎では、モグラ除けに使っていた。そのカラカラする音が地面に伝わり、モグラが近寄らないそうだ、、(本当かどうかは不明)

今から春先にかけて風に吹く日が増えると思う。この風を利用して、発電できれば良いのだが、家庭用の風力発電機(マイクロ発電)でも、数万円から数十万かかるようで、中々手が出しにくい。何せ発電がというより、見て楽しむ程度の物でしか無いから。(マイクロ発電は、出力が小さく、我が家では使い道が限られているため、)

自作しようにも、あの羽の角度は、なかなか難しいそう。

ちょっと自作できるよう、勉強してみたいもんだ。

2011年3月4日金曜日

またしても  雪    

2011.03.04 AM 07:17の富士山
今年は雪が良く降る。3月3日 雛祭りの日に雪が舞った。それも午後から夕方にかけて。
この夕方に降る雪は、夜の内に冷えて、翌朝は凍りつく。

昨日ブログに、「アイスバーン」になるかとも、、と書いた矢先、朝は其のとおりに。
朝に気温はマイナス6度C 凍るはずだ。
今日は金曜日、週末でもあるし、歩いて会社に出勤」しても、翌朝はゆっくり休めばいいや、、との気持ちから、歩いての出勤となった。まあ、道が凍りついては、他に方法は無いのだが。

まあ、疲れる事を除けば、歩くのもそんなに苦ではなく、むしろ余裕があれば楽しい。寒いが天気は上々、富士山もなんとなく元気なような気がした。これでこの冬は終わりかな?
もうすぐ桜の季節だな。今度、歩いて行く時は、春の桜を見ながら、ゆっくり歩けるかと。

,

2011年3月3日木曜日

三寒四温

正確な意味は良くわからないが、3日寒い日があって、その後に4日暖かい日が続く、1週間毎にこれを繰り返すと言う事。
季節の変わり目には、寒い日、暖かい日(晴れの日)と寒い日(雨?)が繰り返し変わって、季節が変わると言う事になる。

しかし、今日は寒かった。朝は前日の雨が、凍っているのでは無いかと思うくらい寒く、今日は、それよりも凄く、雪が混じって舞い、夜はかなり冷えている模様。

「三寒四温」はわかるが、こんなに極端に変わると、環境に馴染みやすい私でも、ちょっとついていけない。体調を崩しても不思議は無い。
そんなに気を使いながら季節は変わらなくて良いから、穏やかに季節は回ってほしいものだ。

もしかして、明日の朝、道路は「アイスバーン」か?
勘弁してくださいよ、御天道様。

2011年3月2日水曜日

DCとAC

DCとACって何のことかわかりますか?そう供給する電気の種類です。

AC電源は、一般家庭のコンセントまで来ている電気で、プラスマイナスが周期的に変わる電気です。よって、プラスマイナスは関係ありません。(交流電源)

それに対して、DC電源は、小さな家電や、車載機器に使われており、身近なものでは乾電池がそうです。これは、プラスマイナスがあり、逆に接続すると機器が壊れるか、FUSE系が飛びます。(直流電源)

何でもAC電源は、発電機より取り出す祭、大きな電力を取り出しやすいとの事で普及したようです。用は工場で使用する事が大きな目的。それに対して、DCは機器の電源構造も簡単で済む事から、小さな機器に適しています。

はい。そこで問題なのは、一般家庭を見回してみると、コンセントはACなのに、身の回りにはDC機器が、かなりあります。
(PCやゲーム機をはじめ、テレビ、などなどデジタル機器が皆、DC。要は、ACアダプターなどが付いた物は、皆直流(DC)なのです。DC機器は、AC電源は使えません。そこで登場しているのが、ACアダプターなのです。)

何が問題なのかと言うと、ACをDCに変換せねばならないという煩らしい事なんです、それだけではなくACをDCに変換するときに、ロスが出ること。(要はエコではない)事、これが一番の問題。

最近はみんなエコ思考が強く、自分で電気を作ろうとしています。大型でなく家庭レベルで電気を作るとなると、太陽光発電、風力発電、ちょっとした水車(水力発電)等々になります。
そこで作られる電気は、ほとんどがDC電源なのです。仮に家庭でDC発電をしたとすると、其の電気を使う場合、DCで発電し、ACに変換して、またDCに変換して使用する事になります。
これは、無駄が2回もある事になります。せっかく発電しても、これではもったいない。
それなら、そのまま使えるよう、DC電源をそのまま使えるようにすれば良いですが、なかなか素人にはこれができず、また、屋内配線を変更(多分、資格が必要)で機器は、DC用に改造の必要がある。(これもなかなかできるもんでは無い)。

これから、デジタル化が進み、小型にすればするほど、DC機器は増えます。その辺りも踏まえて、今後、家庭内コンセントがDC電源用というのも出てくるのかも知れませんね。プラスマイナスを間違えないようにしなければ、、、、、、(ちゃんとバカヨケされていると思いますが)、、、

そうそう今、流行りの、ハイブリッドも電気自動車も多分、DC電源かと。ACのバッテリーって言うのは聞いた事無いから、ACは溜める事ができないなんだろう。


2011年3月1日火曜日

「創る」と言う事

「つくる」て言葉は?
「創る」、「作る」、「造る」  大きな違いはわからないが、、、「つくる」って、どんな物があるんだろう。

ホームページ
日曜大工(木工)
バイク改造(あるものから別な物へ、、)
料理
表と表から別な表を、、、
既製品と既製品を組み合わせて別な物を、、、
出来なかった事をできるように組み合わせる、、、

一つの物から、新しい物へ、ある物とある物を組み合わせて、新しい物を「つくる」。

「つくる」て事は、前向きな事で、視野が広がる話だと思う。何でもそうだが、毎日同じことの繰り返しでは、なーにも面白くない。どんな事でも進歩が無ければ、、、。事仕事に関して、行き詰ったたら、新しい事にチャンレンジして、何かを「作り出そう」。平凡な生活に飽きたら、「何かを作り出そう」。
結果は、自己満足であったとしても、それはそれで味はあるし、何より何もしないでいるよりは、進歩している証でもある。

「つくる」事を楽しいと感じられるようになれば、怖いものは無い。今まで、「つくる」事が無かった人は何でも良いから、つくってみよう。そうすると、わからなかった事が見えなかった事が発見できるでしょう。
発明家と呼ばれる人達は、きっとこの「つくる」楽しさを、知った人達でしょう。

ちょっと哲学的になってしまいました。

**これは、男の人の特性かな???